習近平、激怒…中国経済大打撃で「共産党ナンバー2」の反乱、内部紛争の本格化

りこっきょう 世界

李克強(り こっきょう)というと日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、中国共産党内の序列でナンバー2のが首相の対立が最近、顕著になっているようです。

 担当分野ではない経済問題にも積極的に口を出し、実現できそうにない大きな目標を掲げることが好きな習氏と、規制緩和を通じて民間企業の力を引き出し、経済の活性化を目指す李氏。
両者の間には以前からすきま風が吹いていたが、新型コロナウイルスの影響で、大きな打撃を受けた中国経済を立て直す方針をめぐり、確執は一層深刻になったようだ。

南北院の争い

 「南院と北院の争いは最近、激しくなっている。巻き込まれた私たちは大変だ」  中国共産党の中堅幹部は電話の向こうでこのように漏らした。北京市中心部の政治の中枢、中南海地区には、南側に党中央の建物、北側に国務院(政府)の建物がある。

党幹部らは、習近平総書記(国家主席)と李克強首相の経済政策をはじめとするさまざまな対立について、「南院と北院の争い」という隠語を使って表現している。

5月下旬に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は、習氏と李氏の抗争の舞台となった。  22日の開幕式で李氏が読み上げた政府活動報告の中には、2020年の国内総生産(GDP)成長率の数値目標がなかった。極めて異例のことだった。

共産党関係者は、習氏と李氏が激しく対立したため、調整がつかなかったことが理由だと説明した。中国の2019年の経済成長率は6.14%だが、今年は新型コロナの影響で、大きく低下することは避けられない。実務担当者の李氏らは「2%以下になる可能性もある」と想定したのに対し、習氏とその周辺は「5%以上を目指せ」としつこく要求したという。  中国の経済成長率は1991年以降、5%を下回ったことがない。2022年秋の党大会で三期目の続投を狙う習氏にとって、その直前の経済失速をどうしても避けたい事情があった。  しかし一方、高い目標を設定して達成できなかった場合に責任を押し付けられることを警戒した李氏は、習氏の意向に最後まで抵抗した。二人が主張する数値の隔たりが余りにも大きいため、結局、政府活動報告への記入そのものが見送られたという。  経済成長の目標値に関しては、数年前から二人の対立があった。経済の実態に即した目標を設定したい李氏と、少しでも高くしたい習氏の間で調整がつかず、二人の意見を同時に盛り込んで「6.0~6.5」という幅を持たせた数値目標が発表されたこともあった。  今回、その調整すらつかなかったことで「二人の対立はより高いステージに突入した」と表現する党関係者もいる。

爆弾発言「貧困層が6億人いる」

 さらに、李氏が5月28日、全人代閉幕後の記者会見で「中国の平均年収は3万元(約45万円)だが、月収千元(約1万5000円)以下の人も6億人おり、地方都市で家を借りることすらできない」と発言したことも大きな波紋を呼んだ。  自国の高度経済成長を長年喧伝してきた中国人の多くにとっては、「家すら借りられない貧困層が国内に6億人もいる」ことは、初耳だったのだ。  李氏が言わなくてもよいはずの「中国の貧困の実態」を暴露した真意については、「習近平氏が推進してきた、2020年末までに全国で貧困を脱却するというキャンペーンに対する抵抗ではないか」との指摘がある。  習氏は昨年の全人代で、「2020年末までに全地域を貧困から脱却させる目標を必ず達成するよう」という号令をかけた。習氏はさらに「貧困脱却の基準」について「衣食の心配がなく、義務教育、医療、住宅が保障されていることが基準だ。これを引き下げてはならない」と述べ、この基準を勝手に引き下げるなど、背いた幹部は徹底的に取り締まるとも強調した。  しかし、経済運営の実務を担当している李氏は、中国農村部を中心に今も貧困層が多くいる実態を知っている。習氏が目指す年内の目標達成が、絶対に不可能であることもわかっている。年末に大幅な数字の改ざんをしたくない李氏は、記者会見の機会を利用して、「習近平が掲げる貧困脱却の目標は実現できない」と暗にアピールしたわけだ。  これまで長年、習氏との対立表面化を避けてきた李氏が、最近になって公然と反抗的な態度を取るようになったのは、新型コロナウイルスの対応を主導し、正しい感染情報などを隠蔽してきた習氏に対し、国際社会から批判が集まり、党内でも習氏の求心力が弱まっていることが背景にある。  しかし、この李氏の発言の数日後、6月1日発売の共産党理論誌「求是」は、習氏の寄稿を掲載し「今年は『小康社会(ややゆとりのある社会)』の全面的実現という目標はほぼ達成された」と強調している。  「小康社会」とはかつての指導者、鄧小平氏が唱えた言葉で「貧困のない社会」との意味がある。習氏はこの寄稿で、李氏の発言に対して全面的に反論した形だ。

「露天商経済」をめぐる混乱

 習氏と李氏の攻防は、具体的な経済政策にも及んでいる。それが「露天商経済」だ。  6月初め、山東省煙台市を視察した李氏は、「露天商は重要な雇用の源であり、中国の生命力だ」と語った。  新型コロナウイルスのまん延に伴い、中国国内の多くの中小企業が倒産し、失業者が急増して、出稼ぎ労働者が集まる広州や青島など治安が悪化し始めた都市も増えている。全人代では、「露天商に対する制限を緩和し、失業者が露天商になることを応援することで、雇用創出を図るべきだ」といった意見が多くあり、李氏はそれを受け入れた形だ。  この李氏の発言はたちまち大きく宣伝され、露天商を原則禁止していた上海、西安など複数の都市が禁止措置を取り消し、屋台や路上の個人営業店が特定の時間と場所に開業することを許可した。  しかし、これまで中国当局は、街の景観維持、食の安全などを理由に、露天商を厳しく管理してきた。合法的な経営許可をもらえる露天商は少なく、無許可の露天商を取り締まる部署である「城市管理行政執法局」(城管)は各都市で大きな権限を持っていた。  李氏が打ち出した「露天商経済解禁」という方針は、この「城管」の存在そのものを否定するものではないかと、現場は混乱した。また、屋台など飲食を提供する露天商が増えれば、一般の飲食店の売り上げにも影響する、との懸念の声も少なくない。

習近平側近メディアの「李克強潰し」

 李氏の山東視察からわずか一週間後の6月7日、北京市党委機関紙「北京日報」は「露店商経済は首都・北京のイメージや中国のイメージを損ない、質の高い経済発展には有害だ」と李氏の方針を完全に否定する社説を掲載した。  その後、国営中央テレビも追随して、「露店商経済は、長年の都市建設の成果を台無しにする」との論評を発表した。この二つの報道を受けて、「露天商経済」を宣伝するメディアは急速に減少した。  北京市トップの党委書記の蔡奇氏と、中央テレビを指導する立場にある黄坤明・党中央宣伝部長が、いずれも習氏の側近であることはよく知られている。「露天商経済の推進」という重大な方針変更について、李氏から相談を受けていなかった習氏が激怒し、「露天商経済をつぶせ」と部下に指示したとの情報もある。習派には、露天商経済が成功すれば、李氏の影響力が拡大するとの警戒もあったとみられる。  本来ならば、中国共産党の役割分担として、トップの総書記兼国家主席は外交と安全保障、ナンバー2の首相は経済を主導する、となっている。しかし、権力掌握を進めたい習近平氏は、以前から経済分野に積極的に介入しており、誰が中国の経済政策を主導しているのか外から見えにくい状態になっている。  李氏の周辺に近い共産党幹部によれば、「習氏は、ちゃんとした経済政策を持っているわけではなく、体面などを重要視しているだけだ。北京や上海などで露天商が増えれば、『中国の経済はよくない』との印象を外国に与えるのではないかと気にしているようだ」と説明した。  そもそも、李氏が提唱した露店商経済には大きな限界があり、全国で展開しても、本格的な景気回復には繋がらず、一時しのぎの雇用対策に過ぎないと言われている。この政策も党内の対立によって朝令暮改され、国民を振りまわすことになった。  共産党のツートップの確執は2022年の党大会まで続きそうだ。「天の声」が2つあることで、行政の現場では大きな混乱が生じている。  コロナ禍によって深刻な打撃を受け、低迷し続ける中国経済は、しばらく立ち直りそうにない。

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