全身麻酔が最初に利用されたのは、日本では1804年、西洋では1846年ごろと考えられています。
歯科医のウィリアム・T・G・モートンがエーテル麻酔を開発し、1846年に頚部腫瘍の患者に対して全身麻酔手術を行ったことは西洋医学の大きな転換点となりました。
Point
- 当たり前のように手術に利用されている全身麻酔だが、その原理は謎に包まれていた
- 新たな研究は、超解像度光学顕微鏡を使い脳神経の細胞膜内の変化を観察
- 結果、細胞膜内の脂質ラフトの無秩序化がニューロンの発火を止めてしまうことを確認した
この様子は、絵画にも描かれている歴史的な重要イベントでした。
全身麻酔は大きな手術で使われる重要な医療技術です。
全身麻酔なしで手術を受けるというのは、考えられない話です。
しかし、一方で、実は「なぜ全身麻酔を施すと人は意識を失うのか」という理由は、長年、解明されていませんでした。そんな中、最新技術によって、この謎がついに明かされようとしています。
しかし、この「全身麻酔がなぜ人の意識を奪うのか」という詳しい原理については、医学はこれまで説明することができませんでした。
麻酔の原理がよくわかっていないという話は、ちょくちょく耳にしている人もいるかもしれません。
けれど、こうした医学ミステリーの古株も、とうとう最新技術を用いた研究を前に陥落したようです。
新しい研究によると、細胞膜内にある本来なら秩序だった脂質クラスターが、クロロホルムにさらされると短時間で無秩序になるということが原因とのこと。
最新の超解像度光学顕微鏡と、ショウジョウバエを使った実験で明らかにされました。
<参考資料>
Studies on the mechanism of general anesthesia | PNAS
https://www.pnas.org/content/early/2020/05/27/2004259117
Scientists May Have Finally Figured Out How General Anesthesia Works | IFLScience
https://www.iflscience.com/health-and-medicine/scientists-finally-figured-general-anesthetics-work/
謎の解明に取り掛かったのは、米国科学アカデミーのメンバーであり、スクリプス研究所の会長である化学者のリチャード・ラーナー医学博士と同研究所の分子生物学者であるスコット・ハンセン博士。2人の研究者はナノスケールの超解像顕微鏡とショウジョウバエの生きた細胞を使い、実験を行いました。
これまでの調査で、麻酔薬の効果は脂質における麻酔薬の溶解度と関連していたことから、脳細胞の生体膜に含まれる脂質との関連性が考えられてきました。そこで研究者は、麻酔が生体膜に含まれるイオンチャネルと呼ばれるタンパク質に直接作用するのか、それとも過去に確認されていない方法で生体膜が信号を送るよう、麻酔が生体膜に作用するのかを確かめることにしたそうです。
5年にわたる研究の結果、まず、全身麻酔は生体膜に含まれる脂質ラフトという脂質クラスターを混乱させることが判明しました。
ノーベル化学賞を受賞した顕微鏡技術「dSTORM」を利用して観察を行ったところ、細胞をクロロホルムにさらすと、GM1と呼ばれる脂質クラスターの集まる範囲が大きく広がったとのこと。
そしてGM1が広がると、GM1はその内容物であるホスホリパーゼD2(PLD2)と呼ばれる酵素を放出し始めました。
研究者がPLD2にタグ付けを行ったところ、PLD2はGM1から別の脂質クラスターであるホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP2)に向かいましたが、その動きは「まるでビリヤードのボールが放たれたかのよう」だったそうです。
そしてPLD2によってPIP2の主要分子が活性化され、ニューロンの発火能力が「凍結」されることで、人は意識を失ってしまうのだとハンセン氏は説明しました。
研究者が生きたハエで実験を行ったところ、PLD発現が削除されたハエは、鎮静効果に対して耐性を示したとのこと。PLD発現が削除されたハエが鎮静効果を得るには、麻酔薬を2倍投与する必要があることが確認されました。一方で、PLD発現を削除することで完全に麻酔薬の効果がなくなったわけではないため、鎮静には他の作用も関わっていると考えられています。研究者は、今回の発見により、他の脳活動の謎を説明する手がかりにもなる可能性を示唆しています。
これは麻酔薬が脂質を無秩序化し、PLDという酵素を放つことでニューロンの発火を阻害するという流れで、人が意識を失う原因を示したものです。
しかし、PLDを削除してもすべてのハエは最終的に意識を失ったため、すべての原因とは言い切れないようです。
経路の1つであるのは確かだが、唯一の経路ではないだろう、と研究チームは述べています。
ちょっとした細胞内の無秩序化が、途端に私たちの意識を奪ってしまうとは…。
この研究は睡眠や意識の障害にも関連するもので、それは脳の高次機能がどのように進化して制御されているのか、私たちの意識が何なのかを明らかにする基礎的な研究でもあります。
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