インドネシア人船員が次々と死亡…中国漁船は現代の「蟹工船」か

過酷な漁業インドネシア人対中国船 エンタメ

 中国漁船に乗り組んで働いているインドネシア人船員が過酷な労働条件などから操業中に死亡し、遺体が海中に投棄される事件が相次いで発覚している。

中国籍の漁船から死んだ遺体を海に遺棄する動画が注目されている。

【動画】中国漁船がインドネシア人船員の遺体を海に投げ入れ → 中国人船長「感染症にかかっていたため他の船員の合意のもとで海葬をした」

 その状況はかつてオホーツク海などの海域でカニを漁獲し缶詰に加工する船上での非人道的酷使をテーマにした小林多喜二の小説『蟹工船』を彷彿とさせる。  あまりにひどい実態にインドネシア政府が中国側に真相解明と状況改善を求めると同時に国際機関に訴える事態に発展、インドネシア国民の対中感情にも「怒りの炎」が巻き上がっている。

インドネシア外務省や海外で働くインドネシア人船員の権利保護団体などによると、これまでに中国漁船で操業中に死亡したことが判明したインドネシア人船員は少なくとも16人に上る。  ことの発端は5月6日、韓国・釜山に入港した中国漁船3隻の船団から市内の病院に緊急搬送されたインドネシア人船員1人が病院で死亡したことを地元マスコミが報じたことだった。

同じ漁船に乗っていた他のインドネシア人船員が航海中に密かに撮影した動画を地元テレビ局「文化放送(MBC)」が入手して、証言と共に独占ニュースとして放送したことで事件はさらに大きくなった。  この動画には同漁船が太平洋サモア諸島海域で操業中に死亡したインドネシア人船員の遺体を3月30日、海中に投棄する様子が撮影されていた。  
戦時中の海軍艦艇などでは戦死者をやむなく礼を以って海中に葬る「水葬」は珍しくなかったが、現代では冷凍施設で一時保管して最寄りの港で関係者に引き渡すというのが常識となっている。  

このため、こうした中国漁船の行為は「水葬」ではなく単なる「海中投棄」だとして、インドネシアでは非難囂囂の事態を招いたのだ。  特にイスラム教徒だった船員にとっては、海中投棄前に中国人乗組員により禁忌のアルコールを注がれたことや、死後24時間以内の土葬が教義上義務付けられていることにも反することから、「人権無視」「イスラムの教えに違反」として反発の声がさらに高まった背景もある。

 その後も2019年12月に、19歳と24歳のインドネシア人船員の遺体が「海中投棄」されていた事実が判明した。さらにMBCの取材で、インドネシア人船員があまりに過酷な労働環境に置かれていたことが次々と明らかになった。  
「飲み水として海水を飲むことを強要された」「食事時間の15分以外は立ちっぱなしだった」「連続18時間労働は当たり前で酷い時は30時間労働を強いられた」「食事は粗末で少なかった」「賃金は月額で約1000円相当だった」などなど……。  
中国漁船側は「死亡したインドネシア人船員は感染症で他の船員への感染の恐れがあり、止むを得ず水葬した」「労働条件は事前にインドネシアの派遣業者、本人とも了解、署名済みだ」と釈明している。  
しかし、インドネシア人船員は「死んだ仲間は感染症ではなく、栄養不足や疲労による病気あるいは中国人船員の暴行による外傷が原因だ」「雇用契約書は中国語だけで書かれ、理解できずに強制されて署名した」と中国人船長らと捜査当局に対して食い違う証言をしている。  
こうした事態を重く見たインドネシア外務省は、MBCの放送があった翌日の5月7日、在インドネシア中国大使館の肖干大使を呼び出して遺憾の意を表明するとともに「事実関係の調査とインドネシア人船員の労働環境の適正化」を申し入れた。  さらに8日にはスイス・ジュネーブにある国連人権理事会(UNHRC)にこうした過酷な実態を通告し、国際社会に対する問題提起も行った。  
しかし、その後も次々と同様の過酷な労働環境にあるインドネシア人船員の状況や死亡した船員の「海中投棄」が判明する事態が続いている。  
6月5日にはマレーシアとインドネシアの間のマラッカ海峡を航行中の中国漁船「Lu Qung Yuan Yu 901」からインドネシア人船員2人(22歳と30歳)が海中に飛び込んで「脱出」した。  
約7時間の漂流後に付近を通りかかったインドネシア漁船に救出された2人は、「労働条件を無視したあまりの過酷な環境に耐えられず脱出した」と証言した。  インドネシア船員が乗り組んでいる中国漁船ではこうした事例が多いとして、インドネシア警察はインドネシア人船員を中国漁船に船員として派遣した人材斡旋業者の捜索に着手、これまでに複数の業者を「人身売買法違反」容疑で逮捕している。  
7月9日には通報を受けたインドネシア警察がマラッカ海峡を航行中の中国漁船を拿捕して船内を捜索したところ、冷凍庫からインドネシア人船員の遺体を発見するという事案も起きている。

 8月に入ってまた、新たに中国漁船で働いていたインドネシア人船員3人の死亡事案が明らかになった。  
スマトラ島リアウ諸島州の地元警察は8月14日、人身売買容疑でインドネシア人2人を逮捕した。
この2人は外国漁船、主に中国漁船にインドネシア人船員を斡旋、派遣する業者で、その代表とマネージャーが逮捕されたのだ。  
リアウ諸島州バタム島で会見した州警察幹部によると、2人はインドネシア人船員を派遣した中国漁船「Fu Yuan Yu 829」から連絡を受け、同漁船内で操業中に死亡したインドネシア人船員3人の遺体を引き取るよう依頼されたという。
同漁船がシンガポールに近いインドネシア領バタム島付近を航行するタイミングに合わせて地元漁民が仕立てた漁船に海上で3人の遺体を引き取らせ、その後漁船が遺体を陸上に運ぶ予定だったとしている。  
この工作に関わる漁民には約80万円という高額報酬を約束しており、中国漁船上での死亡を隠す「隠蔽工作」だったと警察ではみている。  
航海中あるいは操業中に船員が何らかの理由で死亡した場合、雇用契約上では船内の冷凍設備で保管し、最寄りの港に寄港して遺体を上陸させることになっていたという。
しかしこの中国漁船は、バタム島周辺に複数の寄港可能な港があるにもかかわらず、インドネシアの業者に依頼して漁船に海上で遺体を引き渡す交渉を行ったとみられている。  
逮捕された業者の2人は現在取り調べを受けており、人身売買罪で容疑が固まれれば起訴、公判となり、有罪となれば最高刑で終身刑が科される可能性もあるという。  

警察によると、死亡したインドネシア人船員はスマトラ島アチェ州出身のシャバン氏(22)とムスナン氏(26)、スラウェシ島中スラウェシ州ドンガラ県出身のディッキー・アルヤ・ヌグラハ氏(23)の3人で、死因がはっきりとしないため、現在、バタム島の病院で検死が行われている。  
今回は「Fu Yuan Yu 829」に乗っている同僚のインドネシア人船員から携帯電話経由で警察、船員保護団体に連絡があり、地元漁船に遺体が移される直前の12日、3人の遺体を発見、業者の逮捕に繋がった。  
報道機関の中には今回の摘発による逮捕者は6人だと報じているところもあるが、情報が錯綜しており、確実な逮捕者はこれまでのところインドネシア人2人となっている。

 さらにインドネシア外務省の報道官は14日、南米ペルー沖の太平洋で操業中の中国漁船「Long Xin 629」で11日にインドネシア人船員1人が死亡したとの情報を得たと発表した。  
同船に乗り組んでいる仲間のインドネシア人船員が、船員保護団体に連絡したため明らかになったもので、現段階では死因ははっきりしておらず、遺体を今後どうするかについても、現在、関係機関などとの間で調整中だという。  
この中国漁船「Long Xin 629」は今年5月6日、韓国釜山入港時にインドネシア人船員の遺体海中投棄が初めて発覚した際の中国漁船団の1隻で、言ってみれば前科のある曰く付きの漁船だった。そのため、こうした漁船にまだインドネシア人船員が乗り込み、同じような境遇にあるということに、船員保護団体などは驚きを隠せないでいる。  
「悪質な斡旋業者を摘発しても、すぐにまた別の業者が現れて定期的にインドネシア人を中国漁船に送りこんでいる」と保護団体関係者は話し、「もともとインドネシアの若者の失業率は高く、コロナ禍で失業者はさらに増えており、とにかく職をという意識が過酷な労働環境の中国漁船への派遣が減らない背景にあるのではないか」と分析する。  
相次ぐ中国漁船でのインドネシア人船員の死亡、遺体海中破棄、隠蔽工作は、2019年12月以来、明らかになっているだけで16人に上る。  
警察当局や海上保安当局、外務省などは類似事案や、闇に葬られたり今回摘発したような「隠蔽工作」で事実が歪められたりした事例がまだある可能性が捨てきれないとして、鋭意情報収集を進めている。  
インドネシア政府から、インドネシア人船員への合法的労働待遇への是正や人権配慮要請と事実関係の調査を求められている在インドネシア中国大使館は、最近発覚した「隠蔽事案」などに関する地元マスコミの問い合わせには全く反応していない。これまでの事案に関するインドネシア外務省の調査依頼についても、なんら報告なしの状況が続いている。  
このためインドネシアでは中国への不信感がこれまでになく高まりつつある。外務省関係者は「このままでは中国との外交関係にも影響が出る懸念がある」として中国側に誠意ある迅速な対応を求めている。

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